メラノータスを探せ!(野鯉の話)

入間川生物生態系保護調査事業『メラノータスをさがせ!』実施報告書

2016年11月22日

さやま環境市民ネットワーク川の部会 

伊藤 彰

はじめに

2015年に放送されたNHKTV番組「サイエンスゼロ」の番組の中で、約200年前オランダ人博物学者シーボルトが、日本に2種類の鯉がいることを発見していた事が報じられた。シーボルトは帰国後、日本で採取した鯉の標本と博物画とともにヨーロッパの科学界へ日本固有の新種として報告している。しかし、その当時の欧米の科学界は、日本に棲息する長細い鯉は、新種では無く全世界に標準的に棲息してるこれまでの鯉と同じ種類と結論づけてしまった。

 その後200年の歳月が経った今日、日本には事実、2種類の鯉がいることが分かってきた。東京大学大気海洋研修所 馬淵浩司博士は、研究の中で、琵琶湖には2種類の鯉が棲息していることを突きとめたのだ。

そもそも。馬淵博士の研究は、2003年頃から全国で蔓延したコイヘルペスの琵琶湖における被害調査から始まった。馬淵博士は、コイヘルペスの被害が、体高の低い「野鯉」に集中していることに気がつき、体高の高い「養殖鯉」と、「野鯉」のDNA上の違いをコイヘルペスで死んだ鯉の核DNAを詳しく解析することによって調べることにした。そしてついに琵琶湖にはDNAの違う2種類の鯉が生息していることを証明したのだった。これは200年間の分類学上の過ちを正す大きな発見と言える。

 ところで当時全国的にコイヘルペスが蔓延していた時、私たちの入間川は、関東圏においては唯一コイヘルペスの出なかった河川であった。琵琶湖の研究では、コイヘルペスは体高の低い「野鯉」の中で蔓延していたが、入間川で、もし「野鯉」が生き残っていれば、他の河川よりも、よりコイヘルペスの災禍に遭うことも無く生き続けている可能性が高い。そこで、当地入間川に於いて、体高の低い「野鯉」を探しだし、河川型の「野鯉」の生息状況を解明する手がかりとすることとした。

200年前シーボルトは、日本の在来種「野鯉」に学名を考案してる。その名は『キプリヌス・メラノータス』。一方の世界的に標準の鯉は「キプリヌス・カルピオ」という。従って入間川におけるこの調査活動を『メラノータスをさがせ!』と称することにした。たのだ。



1.河川における「野鯉」さがし・・・どこに「野鯉」が多いか見当をつける

 『メラノータスを探せ!』調査事業は、まず入間川の橋上からあるいは、岸辺から鯉の俯瞰画像を集めることから始めた。先に紹介したNHKサイエンスゼロにおいては、琵琶湖の「野鯉」の形態的特徴を左の図の様にまとめている。

番組によると、「野鯉」はDNAの違いとともに、外見においても統計的に養殖鯉と明らかに違う点があったという。それは一つにはa背鰭の端b尾鰭の端c尾鰭の下端d尻鰭の端のa,b,c,d4点を結んだ台形が、縦に長いのが養殖鯉。横に細長いのが「野鯉」の特徴だという。もう一つは、e鰓の端からf腹鰭とg尻鰭を結ぶ線がより直線に近いものが「野鯉」で、下に膨らんでいるものが養殖鯉だという。

 その分類に従って狭山市内の入間川にかかる橋、撮影可能な岸辺から、鯉の写真を任意に撮影し、目視の範囲で上記の分類方法で集めた写真を分類した。(下図は全体写真:左「野鯉」状 右養殖鯉状)

水上からの俯瞰画像なので、正確な分類とは言えない。しかし仮に「野鯉」が棲息しているなら、その体型は養殖鯉と違うはずだ。7月から3ヶ月間橋上から撮影を行うと確かに細長い鯉は居る。しかも「野鯉」の殆どが広瀬橋から鵜ノ木地区で撮影されたものの中にいた。むしろ他の地区は、皆無に等しかった。このことから、「野鯉」は霞川から鵜ノ木地区に棲息している可能性が高いと言えると思う。



2.20161014日 入間川における魚類生態系調査

入間川小学校では、年間を通し入間川の環境学習を行っている。この学習は2002年から継続的に行われていもので、隣接した入間川の生物、魚類、鳥類、植物、そして岩石及び文化に至る総合的な学習である。

 もともとは、小学校4年生を対象にカヌー体験、野鳥、植物、昆虫、魚類などの生息・生態系調査、そして学年全体で取り組む地引き網による川の生態調査などと、徹底してフィールドワークを行っている。また本年度から実施学年が4年生から5年生と変わり、学習内容もより高度な内容が求められている。

 川の状況を視ながら、恒例の地引き網による魚類の生息調査は、地元の漁業協同組合の理解と協力を得て行われるものである。

本年度は、この実施にあたり、特に捕獲した鯉の中から、「野鯉」に該当する個体を確保することとした。

 実施場所は、過去の観察活動によって、体高の低い鯉が多く観察されている、霞川出合から下流、鵜ノ木地区周辺である。

 入間漁協と小学5年生の協力も得て、網には多数の魚類が捕獲された。その中には鯉が13尾、内「野鯉」に該当するものが5尾確認された。

 捕獲された魚類は観察の後再放流したが、「野鯉」状の鯉1尾を、検査のため確保した。 。
















3.標本個体の検査解剖  ・・・ 《即日》

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捕獲された標本を、「野鯉」の特徴である気道の調査のため、解剖した。解剖に当たっては、さやま環境市民ネットワーク川の部会伊藤が実施。部会長の皆川さん、狭山ケーブルテレビ中津川局長には立会人及びVTRの収録をお願いした。

浮き袋と消化器を繋ぐ管上の組織を気道という。この気道が、外見上だけではなく、2種類の鯉を分類する大きな決め手となる内臓組織だという。

養殖鯉は、この気道が細く貧弱な一方、「野鯉」の気道は、太く筋肉が発達し、らせん状に発達しているという。この気道を用いて在来種の「野鯉」は、養殖鯉よりも深く潜れるのだという。


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左の写真は、養殖系の鯉と「野鯉」の気道の形状比較である。右の写真は、今回入間川で捕獲した「野鯉」状の鯉の気道である。この形状の比較について、後にこの鑑定の日本での第一人者、神奈川県立生命の星地球博物館 瀬能宏研究員に写真による鑑定を依頼した。

 

回答は以下の通り

  外見上は明らかに野鯉ですが、気道の形状はどちらかと言えば外来鯉(養殖鯉)ですね。 琵琶湖産の野鯉については遺伝子と形態の両面から研究が進み、現在印刷中の論文が出版されれば形態と遺伝子の相関についても証明されたことになります。

しかし、河川産の野鯉については未知の領域です。琵琶湖で言えたことが適用できるかどうかはこれから研究を進める必要があり、そのための準備もしています。現時点で河川産の野鯉について遺伝子の検証抜きに結論を出すことは難しいと考えています。

神奈川県立生命の星地球博物館 瀬能宏(敬称略)

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この解体の後、DNA検査につなげるため、検体は冷凍保存する。


4.e-メールによる鑑定依頼

 

 日本で野鯉の研究に取り組んでいる最高権威の先生方にe-メールにより鑑定を依頼した。

東京大学大気海洋研究所 馬淵浩司 博士 

 国立環境研究所 松崎慎一郎 研究員   

神奈川県立生命の星地球博物館 瀬能 宏さん    

彩の国国際環境大学 金澤光さん    

以上4名の先生方に、調査の依頼をした。

 



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馬淵浩司先生のお答え

(要旨) 外見は「野鯉」に似ているが、外見での判断は難しい。サンプルを送ってもらえれば、ミトコンドリアDNAによる鑑定を行う。

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松崎慎一郎先生のお答え

 (要旨) 野鯉を外見で判別することは不可能。ゲノム解析以外の方法は無いが当研究所は、一般の野鯉のDNA検査は受け入れていない。

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金澤先生のお答え

(要旨) 入間川は、既に養殖鯉が毎年投入され、混合が進み純粋な「野鯉」の棲息している可能性はきわめて薄いと思われる。以前入間市で捕獲した「野鯉」状の個体もゲノム解析の結果養殖鯉であることが判明している。また河川の「野鯉」の外見上の分類は、まず不可能と考えている。

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各先生方のご回答は以上のようなものだった。

その中で、東京大学大気海洋研究所 馬淵浩司先生は、DNA鑑定を引き受け、早速検体搬出用の保管チューブを送ってくださった。


5.入間川「野鯉」のDNA鑑定 

写真左 サンプル搬送用のチューブ  右 冷凍した「野鯉」から胸鰭の先を約5mm切除しそれをDNA解析の検体とする。


  過日、東京大学大気海洋研究所 馬淵浩司先生からミトコンドリアDNAの鑑定結果をお知らせ頂いた。      

以下 馬淵先生からのmailの抜粋。

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お送りいただいたサンプルを解析した結果、この個体は、

外国からの導入系統のミトコンドリアDNAを保有することが分かりました。

残念な結果ですが、取り急ぎご連絡申し上げます。

東京大学大気海洋研究所 馬渕浩司


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馬淵先生の鑑定の結果、1014日に捕採した鯉は外来種の系統のミトコンドリアDNAをもつ養殖鯉系統の鯉だった。ただしその上で、在来種のDNAは全く持っていない個体なのか御尋ねしたところ。以下の様なお返事を頂戴した。

 

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今回の結果は、少なくとも純粋な日本在来系統ではないことを示しております。現在利用できる核DNAマーカーを用いれば、およそ何%在来系統か、という値が出せます。時間がとれるときに解析しようと思いますので、また、しばらくお時間を下さい。

東京大学大気海洋研究所 馬淵浩司

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つづいて、馬淵先生から核DNAの解析結果をお知らせ頂いた。

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DNAマーカーの結果をお知らせします。

在来度は7%で、9割方、外国からの導入系統という結果でした。

残念な結果ですが、取り急ぎご報告まで。

東京大学大気海洋研究所 馬渕浩司

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まとめ 

メラノータスを探せ!事業で、1014日入間川環境学習に於いて捕獲した「野鯉」状の固体は、馬淵先生の献身的な御協力の下、核DNAの解析まで行われ、在来度は7%と言う個体であることが判明した。これはすなわち90%以上養殖鯉と言うことを意味する。

 

 この結果から琵琶湖における養殖鯉と野鯉の形態上の違いは、河川では全く通用しないと言うことが分かった。もちろんこれまで同一種とされてきた、養殖鯉と野鯉は全国の河川で詳しく調査されたことは無い。その分類も未成熟な分野だ。

 

 今回捕獲した「野鯉」状の固体を徹底的に解析する中で、予想を超えて在来率の低い固体であったことから、他に13匹中5体確認された「野鯉」状の鯉も、可能であるのならば全てゲノム解析をする必要があると思う。しかし現状においては、この1体の結果を参考に推し量るより他は無いが、見方によれば、たとえ7%でも「野鯉」のDNAを間違い無く受け継いでいる事から、そのルーツの解明の為に、日本古来の野鯉の河川における研究が、さらに広範囲で徹底的に行われる機会が得られるように入間川の野鯉の棲息の可能性をさらに日々の観察活動を通して追求して行きたい。

 

 今回は残念ながらこのような結果だったが、あらためて東京大学大気海洋研究所 馬淵浩司博士をはじめとした関係各位に感謝を申し上げ、皆様のますますのご活躍をお祈りするとともに、さやま環境市民ネットワークは入間川小学校との連携を深め入間川の環境学習をさらに実り大きなものと培って参りたいと思う。以上 御協力ありがとうございました。

 

文責 さやま環境市民ネットワーク 川の部会 伊藤 彰


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